家が全壊⑪【西日本豪雨災害の記録】
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いちばん最初、その①はこちらから↓
周りの方々や、ボランティアさん達のお力で
家の中の物はほぼ外に出して処分できました。
そんな中・・・
予想外が次々と・・・
心労や、酷暑の中の作業など無理が続いたこともあったのでしょう。
お医者さんの何気ない言葉に
胸が痛くなる家族でした。
被災後は、そのまま
隣町の私の実家に住んでいた祖父母。
(参照:【西日本豪雨災害の記録⑥】)
私の父は5年前に他界しており
母一人で一軒家に暮らしていたので
スペースは十分にありました。
そして私にも、予想外のことが起こるのです。
びっくり。
こんなことがあるんだなぁと驚きました。
祖父は息子の顔を見て
とっても嬉しそうでした。
息子もひいじぃじ(じぃじと呼んでますが)が大好きなので、楽しそうにじゃんけんなどをして遊んでもらいました。
取材は、自宅でしてもらうことに。
報道部の方と聞いていてどんな方かと緊張していましたが、記者さんは、とっても知的で穏やかな女性でした。
※掲載の予定などはまだ分かりません。
→2019年2月2日に掲載されました。
全壊の家の現在の状況
今回、家を見に行くとある変化が・・・
なんと2階の窓がサッシごと
ごっそり無い・・・!
(反対側の窓も。この前まであったんですよ)
2階の窓は新しかったし
水に濡れていないので損傷も無い。
売る為なのか
どこかで使うのか知らないけれど・・・
誰かが持って行ってしまったのでしょう・・・
誰も住んでないし、住めないけど。
でも、それにしても
そんな勝手なことしていいのかな。
もやもや。
(ちなみに1階の勝手口の扉や窓も無くなっていた)
しかし、祖母はというと・・・
とのことです。
今年中には解体されるかもしれないこの家。
ここで育った母、叔母、叔父の3姉弟で撮った写真を見せてもらいました。
なかなかこんなにすっきりした家で
写真を撮ることないよね、と
笑って泣けました。
続きます。
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